焦げ茶色

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先週、大学生を駅まで送り込む約束をしていた日が来た。うっかりしていた。


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「代償価」

マグカップを洗う私の髪を毛先まで、母が背後から撫でおろしている。

「このまま伸ばしなさい。ふわふわして良い具合じゃないの」
「自分じゃなくなるみたいでイヤ。ねえ見て、次はこの人みたいに短くする」

母が、アイフォンに保存された画像の男に見やる。あの白い面差しにかかる前髪は、普段の真っ直ぐとは違って緩やかに波打っている。
「まあ、次から次へと……」
パパで落ち着いちゃってるのよ」


あの日。画像の男がつかつかと歩み寄り、私の視界に飛び込んできたとき(こんな日にアノラックみたいなのを着て…と)、周囲の薄着の人々との違和感をおぼえた。
その数秒後に正面衝突したとき、何でこうなるのか不思議でしかたなかった。いい大人が半身ですり抜ければぶつからぬものを、と。

私の鼻が優男の胸板にめり込んでいる。そのままでいるのは、男が手の十指を私の両うでに添えるようにして支えているからだ。

漆黒の髪に、切れ長の二重まぶたと癖のない鼻と口。もし彼のファンなら夢見心地だろうが、いったい何で私はここにいるんだろうという気持ちでいた。夜は長いようで短く、もはや闇までは遠い。意識はおもてに駆け出していた。

男はイーゼルにカンバスを立て掛けるような仕草から態勢を整えると、無言で立ち去る。きょうは顔を出しただけ…という有り体で。

長身の背中に、女の子の父親像を重ね合わせた。決して直情型ではない。暴走メンバーにタイトなリズムを刻んで制御する、静的イメージがあった。

扇子の風を送りながら見上げると、ニッチに腰掛ける知人を見つけて安堵した。



「代償価」
(了)

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by kimawasanai_2 | 2016-08-13 20:05 | バランス考察

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