「手のひらに残響」
昨夜のシャツにタバコとカシスソーダの匂いが染み込んでいた。私の指先には肌の感触が残り、朝風呂に浸かっても消えない。
彼女がお久しぶりと手を差し伸べて、互いに両手を包み込み合うかたちになった。
歌うような口調で私に耳打ちしてきたとき、私も返答を耳打ちにかこつけて、思いのほか小柄な彼女の髪をそっと退けるようにして、その白い頬に触れる。
出会った頃のようにパーマがとれていて、きゃしゃな肩にかかる黒髪が嬉しい。
この世にこれほど小さい顔があるのだろうか。セロファンみたいな肌質の彼女はミュータントなのか。どこでどう間違ったら、バイクや荒馬を乗りこなすように金色の円盤…スネアを乗りこなすのか、まさにライドだ。
それとも私が生来のゴムまりみたいな肉厚の肌で、中年で先祖返りを始めた猿なのだろうか。
もし私も30代ならば嫉妬の念に駆られただろうが、しみじみ自然の摂理に感謝した。これからは辛くても俯瞰で老いをとらえて、ゆるゆると受け入れてゆかねばなるまい。
男たちの彼女に憑かれたような眼を、何度も見てきた。
「また来てくれたの?悪いわ…それじゃあ」
彼女がやんわりと目の前で若造をかわすのも見てきた。男のみならず女にもフェティッシュな夢を見せては、扉の向こうに消えてゆく。
フロアで男の鼻先と頬を、さんざん指で突いたり揉みしだいた私は、彼女と同じような体温を感じとった。
ミュータントたちの温もりは次第に混ざり合い、綿毛に変わった。
「手のひらに残響」
(了)
UKのテキスタイル、キャベッジズアンドローゼズのショートパンツは、昨日の透けるスカートに仕込んだもの。
モノクロームのバラがシック。