夫が昨夜、「夜中にバタバタうるさいと思ってたけど、あいつがいないと寂しいな」としみじみ言った。
けれど私は4月入学時ほどは寂しくないので、同調しない。入学式帰りの新幹線車両ではどこかの団体が酒盛りをしていて、喧騒に紛れて私はビービー泣いていた。
向こうで気の合う仲間と時間に追われているんだから、親が常に寂しがっていると、呼び寄せてしまう気がする。
ビームスのレトロスカートは裏地までコットン100。探しているときは生地自体が高かったり、珍しいタイプ。
下にウールスカートを仕込めば、冬のローゲージニットやピーコートにぴったり。
アートスクール「フォーティーンソウルズ」ではローラーコースターからブルーセバスチャンへの流れの、凍えるような空気感が好き。
儚そうな男女を見ながら、一昨秋のライブでローラーコースターを聴いて感激した。
デンツ (三)
旦那様を筆頭に長男次男のかたは体型が横縦ともに大きいのに加えて、手のひらも厚く、その肉弾……手のひらに持ちこたえるような外縫いで色味もオークやタン、といった男性的な手袋がお似合いになります。
一方、手の甲が薄い奥様は7.5インチで日本人女性の標準的サイズ。征三朗さんも甲周りが20センチあるかないかです。
きょうだいの中で終いの征三朗さんだけが、お母様似なのでしょう。奥様は家系的に役者顏という大顏の、男性的な意思の強そうなお顔立ちですが、あれを男の顔にするとほどよく旦那様のほうと掛け合わせられ中和されて、くどさが抜けます。
年頃らしく気にして縮毛矯正施術を受けるのも、お母様の髪質からです。頭髪が太い針金のような旦那様は、1万円かけてもそれほど変わらんじゃないかと呆れますが、ストレートパーマ代を勿体つけて渡しながら、じつのところ奥様のほうに似たのを喜んでいるのでした。
美容院に着いた奥様が、右手で左手のグローブ……私の人差し指から小指までの4本の先端を抑えながら、ゆるゆると引き上げてゆきます。こうして奥様の爪の感触が私のなかから遠のくと、ホッとします。
征三朗さんは移動前の急いているときなんぞ、口で引っ張りあげて外すものだから歯型が付いてしまって困ります。
講義室から講義室へとカバンに押し込まれて一緒に移動するのは慣れていても、痛みを抱えたまま車内に置き去られる気分はなんとも切ないものです。
やがて奥様は反対側を素手で外して、つかのま私もハンドバッグの中でお役御免です。奥様はこまめにハンドクリームを塗りなおすから、裏地のアクリルに染み込んで来ています。
舶来クリームのヒヤシンスやスイカズラの花々の香りが、生まれた村の陽春を思い起こします。美容院までの道すがら、廃線になった赤レンガの陸橋跡地があったからでしょう。
消耗品と割り切る頭は、この家族からは想像付かず、おそらく、旦那様や奥様の歴代グローブがされて来たように…革の傷みが激しいほうから左右順繰りに処分のあと、片方を補充なさると思いますが。
旦那様の診療所のラテックス製と同じように、無駄を排して右と左がべつべつに管理される、故にこの身は安泰と達観しています。
私はあとどれくらい、征三朗さんのおそばにいられるでしょうか。