吉谷さんのカラースキーム本を図書館で借りた。色の効果をおさらいして、Relative Color、Layer、Foleagesで一歩突っ込んだ植栽のこなしかたを知る。
Vamp.
いつの間にか乳輪の下方に、ごましお大に膨らんだホクロが出来ていて、ブラの着脱のたびに擦れて痛いので(まさかこのまま共存するの?)と、憂鬱な気分になった。
メラニン色素が多く日焼けしやすい体質なので、ひらたいホクロならば顔と身体にも見受けられる。心配なのは唯一、出っ張っている所だ。
数日間気を揉むうちに布の摩擦でこそげ落ちたらしく、かすかな痛みを残しホクロは無くなっていた。これで日常生活に支障無くホッとしながらも、場所が場所だけに警告のような気もしてならない。
電車で帰宅してべつの類いの痛みをおぼえた。ガーゼのブラウスをめくると右胸のつぼみの尖端は裂け、欲情の証として桜色をのぞかせている。左の指先で綿ゴミを掃除しながら、思春期に戻ったかのように戸惑い吹き出した
(右が勃つのは授乳期以来だ。いったい何に反応したんだろう)。
肺炎で寝込んでいても、乳歯の生えた子に私の胸元まで這い上がられて、氷の手で乳房をまさぐられて吸い付かれては「お願い、やめて、殺されちゃう」と泣き出したのを思い出す。夫は呆れて言った。
「まるで吸血鬼だな。こいつ、嫁に行っても乳飲みに寄りそうだ」
初めて見る色だった……と、塗りの丸盆を布巾で乾拭きしているうちに気づいた。あんみつ屋の前を通りかかるたびに陳列ケースのサンプルを見て、子宮がきゅっと上がる気がしたのも。
たとえば女性のマスカラのまつげ、隠しアイライン、艶めくネイル、揺れるピアス。小さな面積がひとに及ぼす効果は絶大なのだった。そこからたいていの女性は季節や流行を瞬時に感じとって(素敵な色、私もリップ買わなきゃ。マスカラもこれじゃ古い)と焦るが、心理学者によれば男性はそこまで細かく見てはいないという。もし反応する男がいるとしたら、感性が女性に近いのだろう。
夫が昔、良くはないホクロを手術でとった。ホクロには根っこがあるというから、このまま見過ごす訳にもゆかない。次の診察日前に、電話で要点を伝えておいたほうがいいかも知れない。
今夜も裂けたままだ……肉芽にならないうちに軟膏を塗らなければ。頭の中を昏いものがよぎる。果たして自分はいちどでも、セックスより強烈な快楽を与えることが出来たのだろうか。もし出来たのならば、実験成功とも抵抗ともいえなくはない。
染髪剤が滲んだ浴槽のふちを指でなぞり、鼻まで湯船に浸かった。
Vamp.
(了)