定番の紺ワンピにカルガンベスト。
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サムライ
「久しぶり、他にお目当てはいる?」
抑揚のない声で訊かれ、「今年もよろしく。あとは」…笑顔で答えた。昨年、深夜バス集合時刻までハコのソファにもたれ掛かる私に、「◯◯の奥さんに紹介しようか?」と言ってくれたオーガナイザーの如才無さは、相変わらずだ。
娘時代に憧れの歌手がいた。ハンサムな文筆家の顔に加え、風来坊的で思想の偏りと卑猥さが際立ち、本能的に危険人物に思えた……(放埒イメージの半分はメディアの作り上げた処による物だが、如何わしい音と人間に嵌ったら抜け出せぬ魔力を秘めていた)。
人格形成の仕上がりを自覚するまで、カフェリサイタルに行けなかった。それを本人に打ち明けたのは20年も後になってからで、歌手は昭和の著作物に自画像と私の名を書き添えながら、声高らかに笑った。
そして今夜も未知のバンドに似た匂いを感じとる。
フロアに綺麗なアフガンハウンドが並んでいるように見えた。ひとりは前髪に小さな三つ編みが施されている。彼の文章から女顔で柳腰のイメージを抱き続けていたら、実際は横縦共に逞しいので、拍子抜けした。
昔の映像を見る限り、年長のバンドに早熟メンバーが居たのをうろ覚えだったぐらいなので、美貌の点については今のほうが勝るだろう。バンドを渡り歩いたのなら、対外交渉は苦も無さげに見えた。
近寄って「あーーあれは私です」と挨拶した。大型犬は一瞬、空を見つめ「はいはい、わかります」と答えた。
禁煙分煙はここに通用しない。喫煙者を見かける度に、棺の中で透明に近いベーシストを思い出す。生前のチェーンスモーカーぶりに呆れて、焼香出来なかった。
「葬儀に呼ばれて困ったんだから!」と、目の前の喫煙者に吐き捨てた。長居すれば慢性気管支炎か喘息をぶり返してしまう。
上階で顔の長い女が、寸胴鍋の肉を私の注文どおりにひとカケすくい上げ、プラ容器に盛る。
「お腹空いてる?いっぱいあるから後でも大丈夫よ?」
「最後までいられないから今、食べとく」
京都の話題になり、大型犬も会話に加わった。女同士のひと時を邪魔されたととるかは…まなじり下げた笑顔が、ファンの母性本能を掻き立てるのか。私の喫煙ダメ出しを帳消しにしてくれたら良いけど。
ライブがハネた男は、バラの受け取り人を求め、フロアに降りていた。
「ひとつ下さいな」
マシュマロの手で渡されたバラが、棘無し品種と知るや、身体から血の気が引いて行くのを感じた。
花首が太いのは生命力の証、温室咲きの中で高いほうに入る。大輪の花に比べて葉は脆い。改良品種には香りが無い代わりに、唾液臭が無い。
舞台に撒かれた化繊の花弁を、持ち帰った時とはわけが違う。生花なら、ねだりはしなかった…完璧さが遠目には造花に見えたのだ。
酔いから覚めて、恐る恐る周囲を見渡した。抱き付いたりするような客層では無いにしても、貰わぬ人や男から見れば、どうなんだ。
雨上がりの帰宅ラッシュ、肉厚の花弁を二週間は保たせる算段をする。雑菌の沸く夏と違い、ビックリ水や湯上げの手間は無い。徐々に短く切り詰めたら、花首は小鉢に浮かべたり……
車窓に映る顔を眺めた。
サムライ
(了)